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仙台高等裁判所 昭和29年(ネ)264号 判決 1954年11月26日

控訴人 被告 結城富市

訴訟代理人 勅使河原直三郎

被控訴人 原告 株式会社亜炭販売所

代表者取締役 寺島幸吉

訴訟代理人 綱沢利平

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする、」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、控訴代理人において、「被控訴人が本件約束手形を満期に支払場所に呈示して支払を求めたが支払を拒絶されたこと及び右手形は振出人たる有限会社会津製紙所がその支払拒絶証書作成義務を免除して振出したものであることは、いずれもこれを認める。控訴人は次の抗弁を主張する。(一)仮に右約束手形が被控訴人主張の亜炭代金支払のために振出されたものであるとしても、右手形は第三者である有限会社会津製紙所が振出し、控訴人がこれを被控訴人に裏書譲渡したものであつて、既存債務の債務者が同時に該債務支払のために振出された手形上の唯一の義務者である場合と趣を異にする。かかる場合は既存債務の請求に先だち、先ず手形債権を行使すべきである。被控訴人は右手形を満期に支払場所に呈示したに止り、振出人である有限会社会津製紙所又は裏書人である控訴人に対し、手形上の権利を行使しないで直ちに既存債務について請求したのであるから本訴請求は失当である。(二)仮に既存債務を直ちに請求することができるとしても、右の手形を返還しない以上、控訴人は既存債務の履行を拒み得るものであるから、被控訴人が手形をその手中に止めたまました本訴請求は失当である(大審院昭和十三年十一月十九日判決参照)。けだし手形が善意の第三者の手中に帰し債務者が支払を強制されるおそれがあるからである。」と述べ、被控訴代理人において、「本件手形につき被控訴人が振出人である有限会社会津製紙所又は裏書人である控訴人に対し遡及権の行使をしなかつたこと及び右手形が現に被控訴人の手中に存することはこれを認める。その余の控訴人の右主張はこれを争う。」と述べた外原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

証拠として被控訴代理人は甲第一号証を提出し、原審証人寅磐一の証言を援用し、控訴代理人は原審証人高畑豊一郎の証言及び原審における控訴人本人尋問の結果を援用し、甲第一号証の成立を認めた。

理由

控訴人が亜炭販売を業とする被控訴人会社から、昭和二十八年三月中代金月末払の約で二回に亜炭三十二瓲を、代金合計金九万二千八百円で買受け、同年五月十三日右代金元金に対し金五万円の支払をしたことは当事者間に争がない。従つて控訴人は被控訴人に対し右亜炭売買残代金四万二千八百円の支払義務を負担するものであることが明かである。

次に控訴人が被控訴人に対し昭和二十八年九月中、同年八月十五日有限会社会津製紙所が控訴人宛に振出した控訴人主張の内容の金額四万二千八百円の約束手形一通を裏書譲渡したことは当事者間に争がない。控訴人は、被控訴人に対する右手形の授受は右亜炭残代金の支払に代えてしたものであると主張するが、この点に関する原審における控訴人本人尋問の結果はこれを採用し難く他にこれを認めるに足る証拠はない。却て前示事実と原審証人寅磐一、高畑豊一郎の各証言を綜合すれば、右手形は右亜炭残代金についてその支払確保のために授受されたものであることを推認することができる。そこで控訴人主張の前示(一)の仮定抗弁につき案ずるに、本件手形は有限会社会津製紙所が控訴人宛に振出し控訴人がこれを被控訴人に裏書譲渡したものであることは前示のとおりであるから、右手形については控訴人が手形上の唯一の義務者ではなく、手形所持人たる被控訴人に対し控訴人において裏書人の義務を負担するほか右有限会社会津製紙所において主たる債務者たる振出人の義務を負担するものであることは明かである。しかし右手形につき所持人たる被控訴人が満期に支払場所にこれを呈示して支払を求めたがその支払を拒絶されたことは当事者間に争がないのであつて、このように手形上の支払請求がすでに拒絶された以上、右手形を前示既存債務の支払確保のために譲受けこれを所持する被控訴人は、手形上の遡及権と既存債務の履行請求権とにつき任意にその一を選択して先にこれを行使するも妨げないものと解するを相当とする。尤も手形授受の当事者の意思がこれと異るものであることが認められるときはそれに従うべきであることは勿論であるが、本件においてはこの点につき当事者に別段の意思のあつたことは前示採用しない控訴人本人の供述をほかにしてこれを認めるに足る証拠がない。従つて右の場合に先ず手形上の遡及権を行使した後でなければ既存債務の履行を請求し得ないものということはできない。本件において被控訴人が手形上の支払請求を拒絶された後その遡及権の行使をしていないことは当事者間に争のないところであるが、被控訴人において直に前示既存債務の履行を請求し得べく控訴人は右の点を理由としてこれを拒み得ないものというべきであるから、控訴人主張の右抗弁はこれを採用することができない。

次に控訴人主張の前示(二)の仮定抗弁につき案ずるに、控訴人は既存債務の支払確保のために本件手形を裏書譲渡したのであるが、右手形は満期にその支払が拒絶されたものであることは前示のとおりである。しかして右手形は振出人において支払拒絶証書作成義務を免除して振出したものであることは控訴人の自認するところであつて(甲第一号証参照)、すでにその支払拒絶証書作成期間を経過したことは明かなところである。かような場合において既存債務の債務者たる控訴人は債権者たる被控訴人に対し右手形の返還を受くべきことを理由にそれまで既存債務の履行を拒み得ないものと解するを相当とする。けだしこのような場合に被控訴人は右手形上の遡及権を行使するに先だち既存債務の履行を請求することができることは前示のとおりであり仮に右手形が今後被控訴人から第三者に裏書譲渡されることがあつても(右手形が現に被控訴人の手中にあることは当事者間に争がない)、その裏書は満期の経過後で且つ支払拒絶証書作成期間経過後の裏書であるから指名債権の譲渡の効力を有するに止まり被裏書人は裏書人の有した権利のみを取得するに過ぎないばかりでなく、このために控訴人において損害を被ることがあつてもこれに対処する救済の道がないわけでなく、いずれにするも既存債務の履行について被控訴人に右手形の引換義務を負担せしむべき理由がないからである。よつてこの点の控訴人の抗弁もその理由がない。

よつて控訴人に対し本件亜炭残代金四万二千八百円及びこれに対する弁済期の翌日である昭和二十八年四月一日以降完済まで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める被控訴人の本訴請求は正当である。右と同旨の原判決は相当で本件控訴はその理由がない。よつて民事訴訟法第三百八十四条第九十五条第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 村木達夫 裁判官 佐々木次雄 裁判官 畠沢喜一)

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